あの人に | 整形外科医(ryuuta19)の独り言

あの人に

僕は毎日整形外科医として働いているわけで、色んな人と出会う。医者は患者を選べない。そして人間誰でも患者となりうるのだ。

僕はそこそこ外向的で、そこそこ内向的などっちつかずの性格だから、どんな人にでも合わせることができるのが僕の唯一の特徴だと思っている。それが得なのかは28才になった今でもわからない。

96才男性、右大腿骨骨折のAさんは術前はすこぶる元気だったが、術後から痴呆が出始めた。Aさんはその後肺炎を併発しそのまま帰らぬ人となった。

Aさんの枕元にはいつでも亡くなった奥さんの写真が飾られていた。Aさんの意思ではなかったのかもしれない。96才男性明治生まれは普通そんなことはしないからだ。

それは僕の心に深く刻まれた風景だった。すでに痴呆が進み、肺炎がAさんの体を蝕んでいて酸素が一応鼻から吸入していた。家族は延命処置を望まなかった。Aさんはそんな体で右手で写真を優しく、ゆっくりと撫でていた。

僕は医者でありながら不覚にも涙を流しそうになった。その後すぐにAさんは奥さんへ会いに逝った。あれは奥さんとの合図だったのではないか。僕はそう信じている。